先日“左手のピアニスト”の館野泉さんを取り上げたテレビを見ました。館野さんはこれまでに国内はもとより海外でも多くの業績を残した有名なピアニストです。特にフィンランドでは長らく国立音楽院の教授を務め、フィンランド政府からも終身芸術家給与を受けています。しかし、60歳も半ばを過ぎた2002年のリサイタルで最後の曲を弾いた直後にステージ上で倒れました。脳溢血で右半身が不随になったのです。ピアニストとして両手が使えないことは致命的で、2年近くリハビリに努めましたが右手の機能は回復せず、音楽に見放された辛い日々を送っていました。
左手だけのピアノ曲は過去にもいくつか作曲されていて、第一次世界大戦で右手を失ったピアニストの依頼で作曲されたラベルの「左手のためのピアノ協奏曲」は特に有名です。友人がそれを弾くことを勧めたのですが、その曲だけで演奏活動をすることに抵抗を感じ、かえって心は傷ついたそうです。ある日、息子さんがイギリス人の作曲した左手のためのピアノ曲集を父親が傷つかないように何も言わずに手渡しました。館野さんがそれを弾いたときに、左手だけでも充分な音楽表現ができることを発見し、再びピアノを弾くことに生きがいを見出しました。それからは左手だけで弾くことの可能性を追求するとともに、ジャズやタンゴなどジャンルを問わずに作曲を委嘱して挑戦を続けています。テレビで見た館野さんの演奏はとても左手だけで弾いているとは思えないすばらしいものでした。プロの優秀なピアニストであっても左手だけで弾くハンディーは大変なものだと思います。しかも60歳の半ばを過ぎて右手の機能を失ったにもかかわらず、音楽に挑戦し続ける姿にはとても感動しました。
平均余命では私はあと40年生きられることになりますが、その間ずっと健康でいられるか、もし健康でいられなくなったときに耐えられるかが不安です。この先どう生きられるかは、これまで自分自身とどう向き合ってきたか、これからどう向き合っていくかが重要であると考えています。たとえば60歳、70歳になっても、そのあとも10年、20年生きていくことになるわけですから、それをどう充実させるかはいまのうちから趣味をもったり、何かに生きがいを持つことが大切だと思います。身の回りにも病気などで後遺症が残り、不自由な生活をしておられる方もおられますが、中にはそれまでに蓄積してきたもので、人生を楽しんでおられる方もたくさんおられます。館野さんのテレビを見てあきらめずにチャレンジする気持ちの大切さを改めて学びました。