2012年11月 貧

2012年11月 貧

 先月に三毒(貪・瞋・癡)の瞋(怒り)について話をしました。三毒は仏教の煩悩の根源となっており、これらの理解は重要ですので、今回は貧(貪欲)について考えました。貪欲はむさぼって、必要以上に欲する心です。日本では「欲」として理解されています。
 先日の事業仕分けの際にも仕分け対象の42事業のうち17事業が東日本大震災の復興事業でした。本来復興に使うべきお金を様々な理由をつけて関係の少ない事業に割り当てていました。一部の利益のために「欲」が悪さをした例です。日々のニュースでもお金に関するトラブル、事件は後を絶ちません。
 心理学者のマズローが人間の欲求に関して5段階の階層で理論化しました。まずは生命の維持に必要な、食欲、睡眠欲などの生理的欲求があります。その次に安全な状態を維持するための、安全の欲求があります。安全の欲求は危険・病気に対する身体的安全、経済的安全などがあります。安全の欲求の次には、社会などの組織に属する、所属の欲求があります。組織に属するとその次には、組織の中で認められたい、評価されたいという承認の欲求が顔を出します。これらの4つの欲求は「欠乏欲求」と呼びます。「欠乏欲求」は足りないものを満たす欲求です。
 マズローは“我々の社会で正常な大部分の人々は、すべての基本的欲求にある程度満足しているが、同時にある程度満たされていないのである。”と言っており、一般的にはそれぞれの階層の満足度合いは、生理的欲求の85%から承認欲求の40%となっています。またこれら4つの欲求が満たされていても、自分に適していることをしていない状態では不満が生じてしまうそうです。この不満が新たな「欲求」を生み出すのだと思います。このように欲求が満たされていないことが一般的であることをよく認識し、謙虚な気持ちで自分の置かれている環境を受け入れるべきだと考えます。
 5つ目の欲求は自己実現の欲求と呼び、“なりたい自分になる”という欲求です。これは「欠乏欲求」に対して「成長欲求」と呼ばれます。この欲求を持つと、他の欲求があっても「成長欲求」の実現が優先されます。
 “大欲(たいよく)は無欲に似たり”ということわざがこれらを端的に表しています。このことわざには二つの意味があります。一つは“大望を抱く者は、小さな利益などを顧みないから、一見無欲のように見える。”という意味です。もう一つは“欲の深い者は、欲のために目がくらんで損を招きやすく、結局無欲と同じ結果になる。”という意味です。「欠乏欲求」だけを追い続けると後者のようになってしまいます。仕事の中、生活の中で目先の欲に振り回されないように、“なりたい自分”を見つけ努力し続けることが大事なのだと思います。