7月です。7という数字を聞いて色々なことを連想すると思います。梅雨明けの暑い夏の月、ラッキーナンバーの7。一週間の日数、虹の色、七福神、七つの海、七草、七つ道具など7という数字はまとめる単位としてよく目にします。
George Millerという心理学者が1956年に“不思議な数字7±2”という論文を発表しました。論文によると人が一時的に記憶できる、情報(塊)の最大数は7であるという事です。個人差があるので±2の5~9の範囲に収まるそうです。ランダムな数字だと、5~9桁しか一度に覚えられないということになり、実体験に近いのではないでしょうか?
1980年にCMU(カーネギーメロン大学)で記憶に関するスパンタスクという実験結果が発表されました。被験者は1秒間に1桁のスピードでランダムな数を読み、その後復唱するという実験です。最初は7桁ほどしか記憶できませんでしたが、1年半(230時間)に及ぶ実験を経たのち80桁近い記憶力を身に着けることができたそうです。チェスというボードゲームでは達人になると超人的な記憶力を持っていると言われています。1947年チェスの名人ミゲル・ナイドルフは同時に45人と目かくしをして盤を見ずに対戦し、そのうち39人に勝ち、4人とは引き分け2人に負けただけでした。実戦における記憶力が非常に高いレベルであることは疑う余地がありません。ある実験によるとチェスの名人は実戦中の盤をほんの10秒ほど眺めるだけで、その位置をすべて言い当てられますが、素人では4、5駒がせいぜいです。しかし駒を実戦とは全く関係ない、でたらめに配置した場合には名人でも6、7駒しか覚えていません。つまり、チェスの名人といえども実戦以外の単純な記憶力という面で大幅に優れている訳ではありません。
1996年にIBMのチェス専用のスーパーコンピュータ(ディープ・ブルー)と当時世界チャンピオンのギャリ・カスパロフが対戦しました。コンピュータは1秒間に1億手を検討する処理速度で対戦しましたが、チャンピオンが勝利しました。翌年処理速度を2倍に引き上げ、やっと6ゲームのうち2勝1敗3引き分けで勝つことができました。名人でも一手を考えるのに15秒を要するので、チャンピオンの驚くべき能力と言えます。また、エイドリアン・グルートという心理学者は名人と素人の対戦時の推論(先の手をどれくらい読むか)について比較しました。素人も世界クラスの競技者もほぼ同じ手数しか読んでいなかったということです。つまり、チェスにおいては名人であっても記憶力、処理速度、処理の複雑さ(検討手数)などのハードウェアの能力は素人とあまり変わりません。違いはソフトウェア、つまり知識の質や量です。
チェスの名人は駒の状態を塊として理解しており、駒の位置を簡単に思い出すことができます。つまり、チェスの駒を文字の羅列として理解するのではなく、意味を持たせ一つの単語(塊)として理解し覚えています。上手な愛好家は大体1000個の塊を覚え、理解していますが、名人は1万~10万の塊を自分のものにしているそうです。我々が言葉を扱うように名人はこれらの塊を単独で覚えるのではなく、それぞれが互いに関係し合うネットワークを伴った知識として習得しています。前述のスパンタスクの実験では被験者は実験のなかで、3、4桁の数字列を陸上競技の記録タイム、年齢、年号、などと関連付けて塊とし、多くの桁を記憶することに成功しました。
我々も多少のハードウェアの違いはありますが、決定的に異なるのは知識の状態です。知識の状態も様々で、単なる断片的な情報が羅列されているレベルから、多くの知識が互いに絡み合いネットワークを成し組織的、体系的に構成されているレベルまであります。一人ひとり、これまで得られた知識、経験をもとに知識のネットワークを持っています。新たな知識を習得する際にはやみくもに断片的な知識を追加するのではなく、既存の知識ネットワークに上手に連携させることで、限られた資源(=マジカルナンバー7)を最大限に使える有用な知識を増やしていくことができるのだと思います。