2016年10月 基礎研究

2016年10月 基礎研究

 先日、東京工業大学の大隅良典栄誉教授がオートファジー(細胞の自食)の研究を評価されノーベル医学生理学賞の受賞が決まりました。
 大隅良典栄誉教授は記者会見などで基礎研究の重要性を繰り返し訴えています。マスコミや政府関係者は何に役に立つのかという点を重視し、ともするとすぐに応用に結びつかないような基礎研究を否定するような発言が目立ちます。基礎研究はすぐに役に立つとは明言できませんが、研究以外でも未知の領域にチャレンジすることで研究に伴う技術、手法の開発、人材の育成、科学精神の発揚など様々な効果が期待できます。しかし、基礎研究であればなんでも予算をつけるというのも非現実的です。限られた予算の中でより効果が大きなテーマ、組織に注力すべきです。民間企業では依頼元(製品所管部門)からの特定製品の特定テーマの研究を指定して依頼研究という枠組みがあります。依頼研究は範囲が限定的になりますが、依頼元と方向性や評価などにおいて認識が異なり、「研究所は言われたことだけやっていればよい」「そんなんじゃ実際の製品に使えない」などと言われることも少なくありません。ましてや基礎的な研究になればなるほど評価が難しくなります。
 研究という未知の領域にチャレンジする場合は3つの観点が重要だと思います。「能力」、「観点」、「価値観」です。未知の領域の研究とはいえ、大学、大学院などで学ぶ知識は非常に重要で、その利活用のための技術も合わせた能力を兼ね備えることが重要です。知識は権威であり測定可能です。
 研究には非常に優秀な人材が多く携わっています。しかし、優秀な人材であっても成果を出すのは容易ではありません。優秀であればあるほど、人気のあるテーマを選択できるので面白く流行っているテーマに集中する印象があります。しかし、人気のあるテーマで世界と伍するのは容易ではありません。独自のテーマにおいて競合力を持ちそこに注力すべきなのですが、競合力があるのはマイナーなテーマである場合が多く、このようなテーマでは大学等で人気がないため人材の確保に苦労することが多いようです。
 大隅栄誉教授は変人を自称し、「人と競争したくない。他人がやらないことをやるのが楽しみの本質だ」と言っています。「流行」も重要ですが「流行」に縛られることなく、権威の枠組みを超える「観点」を持つことが重要だと思います。
 研究は不確実ですので、権威からの評価を重視しがちになります。心理学者のマズローは5段階の欲求階層を定義し第一階層の「生理的欲求」から第五階層の「自己実現欲求」まで定義しました。権威からの評価は第四階層である「尊厳欲求(承認欲求)」に相当します。このレベルでは、すぐ評価される近視眼的で利己的な観点になってしまいます。大隅栄誉教授はインタビューで、基礎研究の重要性を訴え、現状を憂い、そして一億に近い賞金をあげて若手を育てるために役立てたいとコメントしています。マズローが晩年に追加したさらに上位の「自己超越」という段階に該当すると思います。「目的の遂行・達成『だけ』を純粋に求める」という領域で、見返りも求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭し、何かの課題や使命、職業や大切な仕事に貢献するような「価値観」を持っています。
 研究のみならず、会社組織においても堅く守る部分と果敢にチャレンジする部分があります。チャレンジするときの観点を大事にして成長を続けたいと考えています。