2023年08月 FirstPrinciples

2023年08月 FirstPrinciples

 中古車販売大手ビッグモーター(BM)による保険金水増し請求問題が大きな問題になっています。特別調査委員会の調査報告書によると、BMの工場では「修理車両の車体を傷つけるなどをして、入庫時には存在しなかった損傷を新たに作出して修理範囲を拡大させることがあった」、「これらの行為は、刑法の器物損壊罪にも当たりうる非常に悪質な行為である。」と指摘しています。7月25日にはBMの兼重社長が記者会見を開き、自分を含む幹部の辞任を表明しました。調査報告書では原因として「不合理な目標値設定」があったとしています。BMでは平均修理費用の目標値を定めていましたが、「修理工賃は、対象車両の損傷状況によって決まるものであって<略>営業努力によって大きく上下するものではない。」と不合理な目標と、この目標達成に対する過度なプレッシャー、降格処分の頻発が不正の原因に繋がったとしています。その後、オーバーローンで過大にローンを組む、ローン審査の際に客の勤続年数、年収などを偽る、ローンの仮審査だけという話だったのに店員に勝手に本契約まで進められた、査定の際に他社の査定を勝手に断る、など次々に不正が噴出しました。会見で石橋取締役営業本部部長は「そもそもの問題が企業風土」と言い、あらゆる場面で「不合理な目標」に向けた不正が横行していたのだと思います。また、会見で和泉専務取締役は「あまりにも強すぎるリーダーシップに頼り切っていた面も否めない。」と言っていました。テスラ、X(ツイッター)のイーロン・マスク、アップルの故スティーブ・ジョブスも強いリーダーと言われています。イーロン・マスクは自身を批判した従業員を解雇したことがあります。故スティーブ・ジョブズもエレベータに乗り合わせた社員に質問した際、答えられなかったためその場でクビにした、というエピソードがあります。BMとは比べ物にならない暴君ぶりだと思います。彼らがBMと違うのはベクトルを自分たちではなく顧客のため、良い製品のために向けていたことだと思います。
 イーロン・マスクが買収したX(ツイッター)のCEOに6月5日に就任したリンダ・ヤッカリーノは就任後に「私達のFirst Principles(第一原理)は自分たちの思い込みを疑い、ゼロから新しいものを構築することです。」とツイートしました。First Principlesはイーロン・マスクが自らの思考原則としており、他には故スティーブ・ジョブズ、Amazonのジェフ・ベゾスも取り入れています。First Principlesとは、基本的に、特定の問題やシナリオについて「知っている」と思っているすべての前提に積極的に疑問を持ち、新しい知識と解決策をゼロから作成する考え方です。
 テスラでは2019年から「ギガプレス」という大型の鋳造機を使って自動車の部品を作っています。これは日本の最大サイズである4,000トンを上回る6,200トン、9,000トンクラスの大きな鋳造機です。テスラの電気自動車「モデル3」は100を超える部品を溶接や接合で複雑に組み上げられていました。イーロン・マスクは、車のアンダーボディをできる限りシンプルに設計することを心がけていて、もっとシンプルにするために「ギガプレス構想」が浮かびました。この構想を大手鋳造機メーカー6社に可能性を打診したところ5社から即座に「無理」と回答されました。かろうじて前向きな「たぶん」と回答したイタリアのIDRA社と協力し、熱変形、衝撃吸収などの課題を克服し、1年以上をかけて「ギガプレス」の実用化へこぎつけました。「モデル3」の場合、171個あった金属部品を2個の大型アルミ部品に置き換え、約1600回必要であった溶接工程や関連設備も不要となったそうです。2023年6月にはトヨタが次世代EVで「ギガキャスト(ギガプレス)」を採用することを発表しました。
 我々は日々他社と競合しながら付加価値の向上に努めています。BMの様に偽り、騙すことで見せかけの付加価値を上げることもできますが、First Principlesのような考え方を取り入れ、常識や経験・過去を疑い、それぞれの立場でより良い結果を出すことが大切だと考えています。