2023年09月 福島第一原発の処理水

2023年09月 福島第一原発の処理水

 9月11日東京電力は、海に流していた福島第1原発の処理水について、1回目の放出作業が完了したと発表しました。初回は8月24日からの19日間で7788トン。このうち、トリチウム総量は約1.1兆ベクレルでした。2023年度は、4回に分けて計3万1200トンの処理水を海に流す計画です。その中で、トリチウムの総量は、第1原発で認められている年間放出量(22兆ベクレル)の4分の1以下の5兆ベクレルを予定しています。処理水の放出を受け、中国は日本の水産物の輸入禁止に踏み切りました。
 鳩山元首相は6月21日にX(旧ツイッター)で「汚染水には放射性物質に加え、金属腐食による多量の不純物が含まれ、海洋生態系への悪影響が極めて深刻」とツイートしました。このツイートに対して日本ファクトチェックセンターが検証を行い、誤りと判定しています。
 世界で最も広く使われている軽水炉型原子力発電所は、燃料の濃縮ウランに中性子を当てて核分裂を発生させてエネルギーを取り出します。その際にヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90等の放射性の核分裂生成物が作られます。これらの生成物は燃料棒の中にとどまるので通常は原子炉から漏れ出すことはありません。また、原子炉の冷却水では冷却水中の重水素が中性子を吸収することでトリチウム(三重水素)も生成されます。原子力発電所では冷却水のトリチウムが一定の濃度を下回るよう確認した上で放出されます。中国の泰山第三原発は福島第一の6.5倍、フランスのラ・アーグ再処理施設は518倍のトリチウムを一年間で放出しています。
 トリチウムは宇宙からの放射線と空気が反応することで自然界に存在します。水素とほぼ同じ科学的性質をもち、酸素と結びつくことでトリチウム水として存在しています。WHO(世界保健機関)は、トリチウムの飲水基準を処理水の7倍の1万ベクレル/リットルとしています。この水を1年間毎日2リットル飲んだ場合の被ばく線量は0.13ミリシーベルトで、一般公衆の追加被ばく線量限度の1ミリシーベルトを大きく下回っています。自然の放射線からの被爆は平均的に2.4ミリシーベルトと言われています。トリチウム水は体に取り込まれても水と同じくほとんど排出されるので体内濃縮されません。一部は有機物と結合し体内に残りますが、時間をかけて最終的には体外に排出されます。X線や、ウランなどが放出するガンマ線は電磁波であり、透過力が高く外部被ばくの原因となります。しかし、トリチウムが放出するベータ線(電子)は空気中を5mmしか進まず、紙一枚で遮れてしまいます。
 福島第一原発は冷却機能を失っているので核燃料を冷却しなければならず、毎日100トンの汚染水が発生しています。汚染水に含まれている放射性物質をセシウム吸着装置やALPS(多核種除去設備)で除去しています。ALPSでは62種類の放射性物質を薬液によって沈殿処理したり、活性炭・吸着材で吸着したりして、浄化処理しています。最後に水分子の一部となるトリチウムが残ります。この一連の放射能物質の除去の過程から考えて見ても鳩山元首相のツイートが真実ではないことが明らかです。TBS「サンデーモーニング」でジャーナリストの松原耕二氏は「処理水は普通の原発の水と違う」と発言したり、社会学者の宮台真司氏もXで「トリチウムは生体濃縮する」と発言をして話題になりました。著名人、メディアだからという理由で安易に鵜呑みにすることは危険です。強め、過激なメッセージに対しては科学的、具体的根拠の裏付けがあるか注意することで誤った理解を避けるのは可能だと思います。