第96回アカデミー賞(2024)の授賞式が3月10日(現地時間)、米ロサンゼルスのドルビーシアターで行われ、山崎貴監督作「ゴジラ-1.0」が邦画として初めて視覚効果(VFX)賞を受賞しました。監督として視覚効果賞を受賞したのは「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリックのみで、山崎監督は55年ぶり、史上2人目の受賞監督となりました。アカデミー賞では1月13日にベイクオフを実施し、ノミネート作品を10本の候補の中から5本に選定します。ベイクオフでは各作品のプレゼンテーションとショートクリップの上映が行われます。山崎監督のプレゼンテーションでは、「限られた予算の中で原始的な方法、人力でいろいろなことをやって、VFXの力で本物にみせるという昔ながらの方法と最新の技術を組み合わせることで出来た。」とアピールし、「会場の重鎮たちは原始的な現場での撮影と、VFXを組み合わせてどういう風にやっていくかと一生懸命工夫してきた。今はCGでほとんど出来るようになってきてしまっていて、すごく懐かしく感じたのだと思う。チャーミングな発表だと言ってもらった。少ない人数で手作業でクラフトマンシップ、それが新鮮だったのだと思う。」と振り返っていました。米業界紙のVarietyの記事でもベイクオフに関して、低予算(1500万ドル以下)、少人数(35人)で如何にクリエイティブな問題に対して挑戦し課題解決したかというチャーミングなプレゼンテーションだったと評していました。2021年に西武園ゆうえんちに設置されたゴジラ・ザ・ライドに山崎監督が携わっていて、ゴジラ・ザ・ライドで実現した近さ、恐怖が大きなヒントとなり体感型映画を目指したと言っています。「ゴジラ-1.0」のメイキング映像でも手法をいくつか紹介しています。波に揺れる船の撮影は通常はカメラを固定して船のセットを油圧シリンダーで動かします。本作品の場合はセットは動かさず、カメラを円を描くように動かし、俳優がカメラに合わせて動いて撮影しています。この様に古典的な特撮の技術を多用し、VFXでゴジラを効果的に表現することが出来たそうです。
山崎監督はトークショーでこの作品の予算はハリウッド作品の1/10か1/20位と言っていました。アカデミーの視覚効果賞にノミネートされた他の作品の予算は「The creator」が8000万ドル、「Guardians of the Galaxy」が2億5千万ドル、「Mission:Impossible」が2億9千万ドル、「Napoleon」が1.3~2億ドルと非常に多くのコストを掛けていることが分かります。
今のハリウッド作品はパイプラインと言って一つのカットの作業を細分化して多くの人が担当し同時並行的に作業します。作品のチェックも多くの人がチェックして仕上げてます。対して、本作品は一つのフロアに全スタッフを集め一人が一つのカットを担当し、山崎監督が直接チェックしていて非常に効率的に作業が出来ます。また、ハリウッドの場合一つのカットに対して視点を変えたりして多くのバージョンのCGを作って良いものだけ採用するので半分以上は使われないといった非効率性もあるようです。
渋谷紀世子VFXディレクターは山崎監督作品に携わってきました。2007年公開の「ALWAYS続・三丁目の夕日」の序盤でCGでゴジラを登場させたときは大変だったが、マシンのスペックがようやく追いついてきたと言っています。コンピューターで画像処理するときに使用するGPUはムーアの法則に則り年々性能が指数的に向上しています。epochai.orgによるとドルあたりの処理速度は2.46年で2倍となり、これは8.17年で10倍のコストパフォーマンスになります。処理速度が低いときには一人で出来る作業が少ないので多くの人が作業分担するのは理にかなっています。ハリウッドでは作業手順と予算は変えずに余力をカットの大量生産、精査に費やしているのだと考えられます。本作品ではマシンスペックが追いついたので少数精鋭、かつVFXを手掛けてきた山崎監督の手法とマッチし、良い作品に仕上がったのだと思います。我々を取り巻く技術は日々進化しています。常に今の立ち位置を意識しながら少しづつでも変えていく必要があると考えています。