今年のノーベル生理学・医学賞に、遺伝情報を伝えるmRNA(メッセンジャーRNA)を用いたワクチンの基盤技術を開発した研究者のカタリン・カリコ博士とドリュー・ワイスマン教授が選ばれました。
カリコ博士はハンガリーのセゲド生物学センターでRNAの研究に携わっていましたが、成果を出すことができず30歳のときに解雇されました。その後、米国へ渡り1989年にペンシルバニア大学で研究を始めました。研究は順風満帆とは言えず、助成金が貰えず、成果も出なかったためmRNAの研究断念の代わりに終身雇用資格の教職ポストから解職を選択し研究を続けていました。共同受賞した免疫学者ワイスマン教授が1997年にペンシルバニア大学に移ってきました。mRNAは人間に投与すると体内で拒否反応が起きることから、医薬品への応用は難しいとされていました。カリコ博士も、「これを人間に利用できるとは思いもよりませんでした」と『WIRED』の2021年のインタビューに語っていました。2000年代に入ってからワイスマン教授との共同研究で、防御機能を回避できる人工的なmRNA分子をつくりだすことに成功しました。mRNAを構成する物質の1つ「ウリジン」を、mRNAでは一般的な「シュードウリジン」に置き換えると炎症反応が抑えられることを突き止め、2005年に論文を発表しました。この研究に興味を持ったモデルナは2010年にmRNAの研究を開始しました。2011年にはドイツのビオンテックがカリコ博士をドイツに招き研究契約を結びました。2018年にはファイザーがビオンテックとmRNAに関する共同研究開発活動を実施する契約を締結しました。ビオンテックではmRNAを用いたインフルエンザワクチンをはじめHIV、結核などの治療を研究していました。
mRNAワクチンの最大の長所は今までに比べて極めて短時間で行えることです。これまでのワクチンは最短でも開発に数年必要でした。10年でワクチンが開発できないことも稀ではありません。今回の新型コロナウイルスワクチンは新型コロナウイルスの遺伝子配列が公表されてから、わずか66日で治験に入ることができました。
中国では大規模なロックダウンでゼロコロナ政策を続けていましたが、シノバック、シノファームの不活化ワクチンを開発し国民に接種していました。2022年6月時点でワクチン接種を2回終えた人が87.05%、3回終えた人が54.1%となっていました。不活化ワクチンはオミクロン株に効果がないと言われていました。2022年11月にウイグル自治区の火災で行動制限のため住民が脱出できず死亡した事故や、サッカーワールドカップの放送などで、中国でゼロコロナ政策に対する抗議デモが広がったため2022年12月7日に中国政府は「新10条」という通知によってゼロコロナ政策の転換を図りました。2022年12月16日米ワシントン大学医学部保健指標評価研究所は「ゼロコロナ政策を大幅緩和した中国では来年を通じて新型コロナウイルスの感染者が爆発的に増加し、死者は100万人を超える恐れがある」との見方を示していました。中国は2023年1月14日、「ゼロコロナ」政策を大幅緩和した先月8日から今月12日までの1カ月余りの間に新型ウイルスに関連して死亡した人は5万9938人だったと発表しています。一方、米国のフレッドハッチンソンがん研究センターの調査によるとゼロコロナ政策を廃止した後、2カ月間の死者数が例年の水準を200万人近く上回ったとしています。
mRNAの実用化によって医療は大きく進歩しました。ターゲットとするタンパク質のDNAさえ分かればタンパク質の合成が可能なので感染症だけではなく先天性代謝疾患やガンなどにも適用するよう研究開発が進められています。モデルナはmRNAのインフルエンザワクチンを開発中で、従来のワクチンと同等以上の効果を確認しており、来シーズンの市場投入を目指しているそうです。mRNA今後さらなる医療への貢献を期待しています。