2025年06月 錬金術

2025年06月 錬金術

 「有事の金」と言われるように、金は価値が安定していて安全資産として認識されています。紀元前7世紀リュディア(現在のトルコ)で金と銀の合金で世界初の貨幣が作られました。以降、装飾品、貨幣として活用されてきました。また、最近ではアレルギー反応が起こりにくいので医療目的で、電気抵抗が少ないので電子機器などで活用されています。
 古代より金を作る「錬金術」は世界各地で試みられてきました。中国では不老不死を目的とした錬金術が行われていて、漢時代以降は錬金術師たちが作った「不死の薬」を服用していました。これら「不死の薬」には水銀やヒ素が含まれており、唐代には歴代皇帝22人のうち6人の皇帝が「不死の薬」によって死亡してしまいました。西洋では、特にルネサンスの頃盛んとなり、万有引力など古典力学を創ったアイザック・ニュートンも熱心に錬金術研究を行いました。実験で使用した水銀、鉛などの中毒により精神疾患を患ってしまいケンブリッジ大学を辞任することになりました。
 多くの元素は太陽などの恒星の内部の高温・高密度下で軽い原子核同士が融合する核融合反応で生成されます。太陽では水素原子が核融合しヘリウム原子に変換され、莫大なエネルギーを放出しています。太陽の重さでは炭素や酸素までしか生成できず、鉄だと太陽の8倍の恒星でないと生成できません。鉄より重い金やプラチナ、レアアースなどの元素は恒星内で生成するのは非常に困難です。近年の研究でこれらの元素は中性子星合体で生成されることが分かってきました。中性子星とは中性子を主成分とする半径が10km(太陽は1,392,700km)ほどで質量が太陽の1.3倍から2倍くらいの非常にコンパクトで密度の高い星です。合体によって中性子星の一部が宇宙空間に吹き飛ばされ、この中性子が鉄などの種となる軽い元素に大量に取り込まれることによって金やプラチナなどが合成されます。これらの元素が集まって惑星が形成され地球でも金が存在しています。
 2018年に東京都市大学の高木教授が「原子炉錬金術」のクラウドファンディングを募りましたが、目標額には届かず不成立となりました。原子炉の中で中性子がウランに当たると核分裂を起こし、熱と中性子を放出し、放出された中性子がさらに別のウランを分裂させます。このように核分裂が連鎖的に行われます。「原子炉錬金術」は、この中性子を利用し、周期表で金のとなりに位置する水銀に中性子を当てることで金を生成しようとしています。高木教授はコンピューターを用いた予備解析を実施していて、1リットルの水銀(約13kg)を大型商用原子炉に装荷した場合、1年間程度の連続照射で10g程度の金が得られる結果が示されたそうです。
 5月に欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の研究チームはLHCで金の生成と定量化に成功したと発表しました。LHCは直径はおよそ8.6km(山手線くらい)の大きさで、約80億ドルの費用と12年の歳月をかけて建設されました。質量を司る素粒子であるヒッグス粒子を観測したことで有名です。今回の実験では鉛を高速近く加速させた際にすれ違う「超周辺衝突」を観測し、鉛が「電磁的解離」を発生することで鉛から中性子と陽子が飛び出すことで、金が生成されたことを確認しました。4回の主要な実験で860億個(29ピコグラム=2.9x10^-11)の金の原子が生成されたそうです。
 原子力発電は核分裂の連鎖反応を利用しているので適切に冷却できなくなると水素爆発などに至ります。近年のAIの需要に伴い小型原発(SMR)が開発されています。先日カナダでG7初のSMR建設計画が承認され、5月8日に米GEベルノバ日立ニュークリアエナジーはSMRの建設を始めると発表しています。SMRは小型であるため事故が起こった際にも自然循環での冷却が可能とされています。また、より安全な核融合発電の実用化に関して政府は6月4日、国家戦略を改定し2030年代の実証を目指すと明記しました。中東、ロシアなど紛争の要因の一つにエネルギー問題があります。技術の進歩でより安全なエネルギーが実現するよう期待しています。